パリの窓から(44) 2017年8月9日レイバーネット日本掲載
フランスの新しい政権と国会
*三色に照明されたフランス国民議会
フランスでは6月の総選挙でマクロン新大統領の党「共和国前進」(LREM)が議会の過半数をとり、圧倒的な優位に立つ与党と「ジュピター(ゼウス)的」 を自称する大統領による強権的な政治が始まった。マクロンは一見、マイルドなイメージを与えるが、第五共和政の性格である大統領への権力集中をさらに進めている。フィリップ首相の国会演説の前日に国民議会と元老院の全議員をヴェルサイユ宮殿に召集して演説を行ったり(オバマの施政方針スピーチを真似たらしい)、ロシアのプーチンやアメリカのトランプをパリに招待したり、大統領としての権威を国内外にアピールすることに余念がない。
さて、巷がヴァカンスシーズンに入って休暇中のジャーナリストも多い時期に催された臨時国会(7月4日~延長されて8月9日)では、前回のコラムで述べたように、労働法典を書き改める権限を政府に与える反民主的・反社会的な法案や、「緊急事態」を恒常化させる法案などが超スピードで討論・採択された。6月18日の決戦投票で選出された国民議会は、予測よりは少なかったといえ、マクロンの党LREM院内会派が577議席中314をとった。これに中道モデム党の47、保守・中道の「建設派」(政府に反対の立場をとらない)35を加えると実に496議席が与党とその同盟派である。保守の共和党院内会派100人、社会党など「新左派」院内会派にもマクロン寄りの議員がいるため、この国会で実際の反対派は主に、17議席をとった「フランス・アンスミーズ(服従しないフランス)FI」と共産党などの左派(16議席)という、ごく一握りの議員が体現することになった。ちなみに、極右国民戦線は8議席で院内会派を形成でき なかったため、影響力はさらに弱い。
新政府と与党が政治を刷新するかどうかは大いに疑わしいが、新しい国会にはたしかに新しい要素がある。75%の議員が初当選の新議会では、女性議員の比率 が前国会の27%から39%に増え、平均年齢も54歳から48歳と若くなった。与党LREMと、FIなど少数派政党が男女同数制(同数の候補者を立てない党は罰金を払う法律)を実行したおかげだ。しかし、前回のコラムでも述べたように、LREMは企業の管理職や社長など裕福な層出身の議員が多く、「市民社会」を自称するわりにはNPOや組合などでの活動経験者が少ない。
この新議会でまず新しさを発揮したのは、ごく少数派の野党「服従しないフランスFI」の議員たちである。初日に「服装を指定する規則はナンセンスだから、ネクタイはしてもしなくてもよい」と宣言し、FIの男性議員の多くはネクタイなしで国会に出席している。また、マクロンが召集したヴェルサイユ宮殿でのスピーチには、労働法典改正に関する法案への修正案を準備する時間が少なすぎるという理由で、赴かなかった。そして実際、この法案について233のうち130の修正案を提出した「服従しないフランスFI」は委員会と本会議で、当法案がいかに反社会的な「労働法典壊し」であるかを入れ替わり立ち替わり説明し、糾弾した。
看護助手や司書などさまざまな職種のFIの議員たち(メランションなど何人かは政治経験があるが、全員が国民議会では新人)による修正案の説明や発言・質問は、個性が表れていて、新鮮で興味深い。中でも北部リールの新人議員、27歳のアドリアン・カトナンスは、30分にわたるパンチのきいた巧みなスピーチで注目を集めた。以後、クールな立ち居振舞いと赤毛が印象的な彼は、メディアで引っ張りだこになった。FIには20代の議員が17人中3人(27歳が2人、28歳ひとり)いる。看護助手から議員になったキャロリーヌ・フィアットは、近年の医療予算の削減と効率一辺倒の病院・医療施設経営によって、病人が人間的な扱いを受けられなくなった現状や、いかに病院で働く人々が疲弊し苦悩しているかを、1年間に14人の看護助手が自殺した例をあげて訴えた。
昨年のコラム(36「今こそ人生を」)で紹介したコメディ映画『メルシー・パトロン!』の監督、「夜、立ち上がれ!」の発起人のひとりでもあるジャーナリストのフランソワ・リュファンは、ユーモアをまじえながら問題を具体的に摘発する。たとえば、「ハイパーマーケットのオーシャンは好成績を得て株の配当を引き上げる一方、数百人を解雇した。(…)政府がやろうとしている労働法典改革の中で、何がそうした場合の雇用増加につながるのか?」といった具合だ。しかし、マクロン大統領の意志を遂行することのみを任務とする共和国前進(LREM) の議員が過半数で、議長と副議長を同党とモデム党ひとりが独占した議会で、修正案はほとんど反論もされずに、次々と機械的に葬られた。
さて、リュファンとフィアット両議員は、医療施設における労働条件の劣悪化を国会で訴えた後、ジュラ地方の介護付き民間老人ホームで4月からストを続けていた看護助手たちのもとに赴いた。この介護つき老人ホームのストは、ユマニテ紙とルモンド紙で紹介されて反響をよんだ。FIの議員ふたりは、労働条件の改善を求める従業員の話を聞いてから経営者にも面会し、経営者は仲介役を任命した。そして、フランス史上でも記録的に長い117日にわたるストは、従業員の特別手当などを勝ちとって終結した。高齢者が多いにもかかわらず、フランスでは政治の場でかなりなおざりにされている介護問題について、メディアと 国会議員が認識を喚起した例といえるだろう。
その後の「政治生活に信頼を促す」法案(初めは「公共生活の道徳の向上」という名称だった)の討議でも、いくつか興味深いエピソードがあった。「製薬大企業サノフィ社長(マクロンの友人)の年間報酬は、最低賃金の1200年分にあたる。公益をもたらさない極端な富の集積は意味がないから、給料の上限を最低 賃金の20倍に抑えよう」というFIの提案をはじめ、大多数の修正案は深夜まで続く長い本会議で、超スピードで却下された。議長・副議長のやり方(採決のやり直し頻発、複数の修正案のまとめ決議など)に対して、与党LREM以外の多くの議員から警告が発せられ、国会は一時混乱した。LREMの議員たちは 「忠実な部下」のように機械的に挙手をするだけで(欠席も目立ってきた)、議論を活性化するような発言はなく、群をぬいた存在も今のところ出てきていない。あるとき、法案の一つの条項に賛成する発言をFIの議員がしたら、LREMの議員たちは修正案だと勘違いして反対に投票したため、その条項は却下されてしまった。彼らがいかに機械人形のように反応するかを示すエピソードである。
事実、7月末にLREMは新しい定款を決めるための選挙を行ったが、その内容は売り物にしていたはずの参加型民主主義とはほど遠い、指導部に権力が集中したものである(党内選挙さえ禁止!)。そこで(当然ながら)、造反党員が出てきた。LREMが謳う概念は個人主義に基づいたもので、管理職や社長、自由業など、決定し命令する立場にある党員が多いことから、マクロンが望む「命令に従う部隊」の立場に反発する議員が出てくることは十分予想される。実際、与党LREM以外のすべての院内会派が合同で提出した修正案(これまで経済省のみがもっていた脱税者告発の権利を司法にも与えるという、まさに政治への信用回復を促す内容)に、指導部からの命令に反してLREMの議員10人が賛成を投じた。元老院では全員一致で採択されたこの修正案は22票差で却下されたが、一丸となって政府を後押しする与党が初めて分裂したのだ。FIは最初からマクロンの党の矛盾を見込んでおり、時間をかけて彼らを説得していく(少なくとも大統領と政府の政策に疑問を抱かせる)つもりだと述べている。
というのも、労働法典改革について政府が語る「社会対話」が机上の空論であることは、議会と同時進行で進められた労使組合代表と政府との会談でも示されたからだ。改革内容はいまだに労働組合に対して明確に示されず、彼らの主張が反映されるかどうか、わからずじまいだった。労働総同盟(CGT)などは、9月 12日 にデモとストを呼びかけている。
フィリップ内閣は7月、不動産以外の富裕税の廃止や有価証券譲渡の課税一律化など、最も富裕な層に有利な税改革を2018年から実施する一方で、国家支出は大幅に削減する緊縮政策を発表した。さらに、主に低所得層や学生に与えられる住居手当てをこの10月から毎月5ユーロ(現在のレートで約650円)削減することが決められた。金持ちを優遇する一方で貧乏人への援助を減らす象徴的な決定に対して、学生組合をはじめ非難の声が上がった直後の7月27日、労働 法典改革を国会で擁護したペニコー労働大臣に関して、ユマニテ紙がショッキングな事実を報道した。食品大企業ダノン社の人事部長だった2013年に彼女は、従業員大量解雇を通知した後に株価が上がったストックオプションを売却し、113万ユーロを得ていたのだ。売却は合法的で税金もちゃんと収めたのだから、やましいことは何もない、と当人は弁明した。しかし、大量解雇のおかげで113万ユーロ(約1億4690万円)儲けた人を労働大臣とする政府が、「雇用を増やすため」という名目で、たとえば不当解雇の損害賠償の上限を設けるような労働法典「改革」を進めているのである。国民は納得するだろうか?
マクロン大統領による政治の「刷新」とはこのように、これまでの政府より過激なネオリベラル改革である。同時に、従来よりさらに権力が大統領に集中し、首相や大臣は(ニコラ・ユロ環境大臣のような人気者さえ)影が薄い。「エネルギーを解放する」というマクロンとLREMのキャッチフレーズとは裏腹に、不自由で、民主的とはとても言えないトップダウンの政治である。そして、発足から3ヶ月もたたないうちに、すでに数人の大臣について疑惑が取り沙汰されている。そんな状況を反映してか、ヴァカンスシーズンたけなわの7月~8月初頭に行われたすべての世論調査で、マクロンの政治に対する信頼や満足度は 5~10%落ちた。
労働法典改革を政府がオルドナンス(国会から授権されて行う行政命令)で行うことを認める法案に対して、国民議会の反対派は合同で憲法評議会に憲法違反を 訴えた。「服従しないフランスFI」は、行政に従属した現在の国会では市民の声は反映されないと、社会運動(路上の民主主義)も進める意向だ。大統領選 キャンペーンのときのように、8月7日からキャラバンが全国を回り、労働法典改革(改悪)などについて市民に語りかけていく。
大統領側近と一部の官僚がつくる労働法典改革の内容は、学校や文化行事などの新年度を控えた8月 31日に、ようやく公表されるという。そして、9月20日には国会で批准されてしまう予定である。さて、どんな反応が起きるだろうか?
2017年8月8日記 飛幡祐規(たかはたゆうき)